1.【鈴峰千鶴という人間】

 

 

 この世界は不安定だ。

 何もかもが不安定で不確かで、誰もが不安の中で生き続けてる。

 誰もがずっと考えている。

 

 「なんで私は生きているのだろう」

 

 私もその一人だ。

 あの有名なアニメの歌詞でも、なんのために生まれて、なにをして生きるのか、

わからないまま終わる、そんなのは嫌だ。と言っていた。

 

 確かにそのとおりだ。

 私も何のために生まれたのか、何がしたいのか、きっと解っていないのだろう。

でも私は解らないままでもいいと思ってる。

 考えてもどうせ自問自答。

 答えは自分の中にあって人それぞれ違うのだ。

 

 そして私は考えたのだ、足りない頭でずっと考えた。

 だけどどんなに考えても、何度考えても、必ず同じ答えにたどり着いてしまうのだ。

 

 「生まれた意味なんて存在しない」

 

 これが私の“答え”だった。

 何度も考えたが、そんなありきたりな答えしか出なかった。

 私は物語の主人公なんかではなくて、楽しい毎日も辛い日々も、一般的で極平凡、退屈でしかなかった。

 ありきたりな毎日でつまらない、なんの魅力も無かった。

 

 私には悩みなんてなにも無い。

 たとえば家庭内暴力を振るわれていたり、学校で虐めがあったり、

彼氏に振られたりだとか、治らない不治の病があるだとか、その他くだらないような悩み、

テストで酷い点数をとったとか、バイトで失敗してしまっただとか、たいそれた夢なんかも無くて。

 

 そう、悩みなんてひとつも無かった。

あるとすればよく言う

 

 「悩みが無いことが悩みかな」

 

 お母さんは怒ると少し怖いけど優しいし、お父さんも少し頼りないけど優しいし、尊敬している。

 友達もそれなりには居たし、頭も自慢になってしまうが、そんな悪いほうじゃない。

 彼氏は・・・まぁ・・・その・・・かなり好きだ。

 

 でもそれは私にとってとても平凡で退屈な人生だった。人生経験が17年しかない自分が言って良いセリフではないのだろうけど。

 ありきたり、ただそれ一言で表現出来るような人生。

 そして私はまた考えるのだ。

 

 「なんで私は生きているのだろう」と・・・。

 

 そして私はいつも、ありきたりで、とても滑稽な考えに至るのである。

 

 「死んでしまいたい」

 

 とても愚かで、幼稚で、それでいて馬鹿な考えだと自分でも思う。

 きっと厨二病なのだ。

 

 だって悩みなんかほとんどと言っていいほどになにも無いのに、頭の中では“死にたい” と常に考えている。

 おかしいじゃないか、悩みが無いのに、何故死にたいのか?

 

 だけどこれしか考えられないのだ。

 悩みが無いからこそ、こういう考えに至ってしまうのだ。

 

 私は退屈なんだ。

 この人生が。

 この時間が。

 この世界が。

 

 私が欲しているのは、ありふれた幸せとか、ありふれた悩みなんかじゃない。

 今の私は死ぬ事にしか“魅力”を感じられない。

 

 

 

 

 そう、私は“死”に恋をしているのだ---------